皆乗寺に残る最古の文書で

明応2年(1493年)に門跡寺院に

 宛てられた仰せ書きです。

 

ご門跡様へ銀子十一匁一分差し上げ、

各志の通り神妙に申し召され候。

然れば法義猶々相嗜まれ、今度の

報土往生遂げらるべき事、

肝要の旨仰せ出され候也

 

  明応2年3月27日

  福原女人衆中

その方の望により、御開山様御影御免

なられ候。即ち御名、御染筆下し

遊ばれ候間、有り難く存ぜられべく候。

そのためかくの如く候也。

     天和4年孟春9日

     八木采女  花押

     七里道専  花押

延寿寺下肥後益城郡福原村

    浄見寺 願主 宗貞

 

 

御開山掛け軸の裏に

願主 初代住職 宗貞の文字と

東本願寺第17代門主釋真如の文字

 

 

江戸時代に奉行所に提出した寺の見取り図

当時の質素倹約政策に基づき、屋根の大きさや

間取りの広さを考慮した本堂の作りになっています

 

その方の望により、太子七高僧像御免

なられ候。即ち御名、御染筆下し

遊ばれ候間、有り難く存ぜられべく候。

そのためかくの如く候也。

 元禄16年7月8日

 

延寿寺下肥後益城郡福原村

    浄見寺 願主 宗貞

 

東本願寺から下附された聖徳太子絵像と

七高僧絵像です。

何度か表装をやり直しておりますが

当時の裏書きが残されております。

東本願寺第17代門主釋 真如の文字と

皆乗寺初代住職 宗貞の文字が確認できます。

上記の文章を訳した物で、享保9年((1742年)

当寺の初代住職宗貞が奉行書に申し出た

寺の移転届けの内容である。


細川家から頂いた、

浄土三部経典。

仏説無量寿経上下10巻

仏説観無量寿経10巻

仏説阿弥陀経10巻